こんにちは、秋山です^^

朝外に出ると吐く息が白くなる季節ですね。

庭工事の現場の作業服の中に着るインナーを着たり脱いだりして、寒いのか温かいのか体温調節が難しいです。

話は変わりますが、先日おおみや盆栽美術館 通称”盆美” に行ってまいりました。

日本で有名な五葉松盆栽の 銘「日暮し」の展示を見に行く事が目的です。

五葉松「日暮し」は写真だけでは感じられない格式高い空気を纏っていて、人を立ち止まらせるほどの魅力を持っていると思います。

何故美しく感じるのだろうかと、思わずメモ帳を取り出して考えていました。

葉の色や幹の肌模様、枝のバランスや間の取り方など様々な要素が詰まっている盆栽で、考えれば考えるほど奥が深い。

銘の通り ”一日みていても見飽きない” ほどでした。

帰りに美術館売店にて、おおみや盆栽美術館所有盆栽コレクションの写真集 『時空の美ー盆栽』 を購入したところ、

P60ページ 大原美術館館長である高橋秀爾さんの「日本人にとって美しさとは」というテーマの論考に面白い事が書かれていました。

昔の随筆や作家、建築や絵画を通して日本人の美意識を研究されています。

その中身を少し紹介させていただきます。
ポスターの盆栽は有名な盆栽家の山田登美男さんの初お披露目の古い赤松
私が特に面白いと思ったのは平安時代の美しいの言葉の意味が現在とは違っているということです。
 
 平安時代、美しいという言葉の意味は当時有名だった『枕草子』や『万葉集』、『源氏物語』などの書物を見ると、小さな愛らしいもの愛すべき存在を示すものでした。

清らか 清しという形容詞が現在で言う美しいを表す言葉ですが、その時代の日本人は汚れのない清浄な世界を美しいとみる美意識を養い育てていました。

その美意識は、伊勢神宮の建築の余計なものが無い清らかな美しさにも現れています。

次に ”自然を尊重する美意識は、絵画の世界で「四季絵」と呼ばれる独特な表現方法を生み出した” という内容を最後に紹介させていただきます。

「四季絵」とは自然や人事の主題を春夏秋冬の順に選び描いた絵画で、平安時代から今至るまで、多くの名品が存在しています。

四季の春夏秋冬を連作とした絵画は西洋にも数多くありますが、多くの作品は春夏秋冬を個別とし独立性が強い作品です。

例えば19世紀のフランスの画家ジャン=フランソワ・ミレーの連作『四季』の『春(ダフニスとクロエ)』(国立西洋美術館蔵)は、春の情景は見事に表現されているが、春から夏への移り変わり、変化の様相は見られない点に対して、日本の「四季絵」の表現方法との違いが見られます。

つまり西洋の絵画は画面の中で時間は止まっているのに対して、日本の「四季絵」は屏風や絵巻の横長(スクロール)の画面の中で、時間は季節の移り変わりに同調して緩やかに流れている。

四季絵は、変化する自然の姿に、深い愛着と共感を寄せる日本人の心が表現されているのです。

『日本人にとって美しさとは』を読んで、数多くの日本の芸術作品に隠されている日本人の美意識を理解できる自分の教養を育んでいきたいという意欲に駆られました。

日本の庭文化もまた歴史が深く、庭を理解するには教養が必要です。終業後、社長はじめ、先輩方と”美術””芸術”の話題となる事が多い環境に感謝しています。私の今後の仕事の方向性の一部にしたいと思います。

これからも日々邁進していきます。
寒い日が続きますが、皆さまどうかお身体にお気を付け下さい。

秋山
ジャン=フランソワ・ミレー『春』
『秋冬花鳥図屏風』(サントリー美術館所蔵)
作者:土左派 室町時代16世紀

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