んにちは、秋山です^^

2月も終わりに差し掛かりましたが、風が吹くと刺すような寒さが残っています。
まだ現場では迂闊に薄着をして作業をすることはできません。

その様な気候ではありますが、梅の花が見頃を迎えようとしています。

そこで休日に会社の近くにある植物の展示施設である"埼玉 花と緑の振興センター"の梅園に行ってまいりました。


左[図1 埼玉県 花と緑の振興センター 筆者撮影2023/02/19]
埼玉県庁農林部管轄の”花と緑の振興センター”は、「植木・果樹苗木などの生産出荷の指導、盆栽等の輸出振興、緑化に対する知識の向上等に関する業務を行っています。園内には植木類、鑑賞用樹木類を中心に2000種類以上の植物を展示しています。」1)

梅園は梅の開花期間だけ開園するのですが、今年は令和5年1月27日(金曜日)から開園を始めました。

園内には146品種の梅が植栽されており、その大半が時代の乗った古い梅の木です。

 
[図2] 芳流閣(ほうりゅうかく)筆者撮影2023/02/19
[図3] 養老(ようろう)筆者撮影2023/02/19
[図4] 八重松島(やえまつしま)筆者撮影2023/02/19
[図5] 緋桜(ひざくら)筆者撮影2023/02/19
私が園内に伺った時はまだ満開ではない様子でしたが、蕾は力を十分に蓄えて準備が整っているように見えました。[図2]~[図5]
これから見頃を迎えるので皆様ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

園内を巡っていた時にふと”梅の剪定”についてより考えを深めたいと思い、弊社社長が参考にしている様に日本画の題材に取り上げられているような”梅の木”を見ようと思いました。

そこで先輩社員の三好さんに梅園に行った時の話をすると、梅といえば”江戸琳派”はどうですか?とすすめられました。

そこで今回は”江戸琳派”のことを記したいと思います。

〈江戸琳派〉
「江戸時代に隆盛した画派。伝統的なやまと絵の手法を洗練させ明解な構図と華やかな色彩の装飾性の高い絵画様式を示す。

尾形光琳(1658~1716)の画風を酒井抱一(1716~1829)が敬愛し、継承したことから江戸琳派を興すなどして今日の琳派の概念が形成される。

光琳は俵屋宗達(1602~1631頃活躍)に私淑していたことから、宗達の時代にまで遡り、宗達・光琳派ともいわれる。

琳派は血縁関係による世襲ではなく、画家が自らの意志によって時空を超えて師を選び、独自に展開することで発展した。

陶芸や蒔絵、染織といった工芸分野との関わりが深く、主要な工房を営みながら制作にあたったと考えられる。」
2)

 
[図6] 尾形光琳《紅白梅図屏風》左隻 江戸時代 MOA美術館収蔵
[図7] 尾形光琳《紅白梅図屏風》右隻 江戸時代 MOA美術館収蔵


上[図8 酒井抱一《四季花鳥図屏風》六曲一双 1816年 陽明文庫蔵]
左[図9 酒井抱一《十二ヵ月花鳥図》1月 1823年 宮内庁三の丸尚蔵館蔵]

梅を題材にした琳派の一部を紹介させていただきました。

花のつき方や形、一度下がって上に伸びる枝ぶり、すっと伸びる徒長枝など、「当時の画家が描く樹木は遠くから見ても何の木かわかる」と三好さんが言うように、梅の木の特徴がよく表れていると感じます。

普段は切ってしまうような”ひこばえ”や、必要以上に突出した”徒長枝”などが、独特な間の取り方や樹木の気勢の向き、そして、絵全体の間の取り方など、多様な表現で描かれていている事が参考になります。

また実際、江戸琳派で描かれている梅の剪定ができる様に、会社にある梅の木で練習していきたいです。

その際には再びブログにて上げさせていただきます。

日々精進です。

まだまだ寒さは残りますが、皆様どうかご自愛くださいませ。

安行庭苑 秋山


引用文献
註1) 埼玉県 花と緑の振興センター公式ホームページ https://www.pref.saitama.lg.jp/hana-midori/ (筆者閲覧2023/02/25)
註2) 鎌田章裕、『図解 日本画用語辞典』株式会社東京美術、2007年、25頁